船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.788 [ 週刊朝日2006年6月2日号 ]

かつてアラブの“狂犬”、いまアラブの盟友。しかし、リビア・モデルをイラン、北朝鮮に適用できると思うのは希望的観測

 米国がリビアのテロ支援国家指定を解除し、26年ぶりに国交を正常化することを発表した。

 リビアが大量破壊兵器の開発を放棄し、ウラン濃縮開発の極秘資料や関連物資を米国に引き渡し、過去のテロ行為の被害者に補償し、テロリストとの関係を清算したことを評価したものだ。

 その際、米国は「リビア・モデル」が、核開発を進めているイランと北朝鮮に及ぼす波及効果に大いに期待しているようだ。コンドリーザ・ライス国務長官は、「リビアは、世界がいままさにイランと北朝鮮の体制の行動を変えようとしているとき、重要なモデルとなる」と述べている。

 米政府高官は「イランと北朝鮮がリビアと同じように戦略的決断をすることを期待する」とも言っている。

「戦略的決断」とは、大量破壊兵器の放棄と、テロとの決別ということだ。

 リビアは1988年のパンナム機爆破テロを引き起こし、レーガン政権時代は、“アラブの狂犬”と言われた。それがいまや“アラブの盟友”扱いだ。

 リビア・モデルはどのようにして生まれたのか。

 2003年12月、サダム・フセインが逮捕された日の3日後、ホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)の大量破壊兵器拡散防止担当部長、ロバート・ジョセフはロンドンで、英国とリビアの担当者とともに極秘に会った。そのことは、ラムズフェルドもパウエルも知らなかった。ジョセフは、リビアの大量破壊兵器放棄をどのように、いつ、発表するかの詰めの交渉に訪れたのである。

 その後、リビアは正式に大量破壊兵器放棄を発表。クリスマス休暇を通して、米国は核開発の青写真と関連資材を国外へ運び出した。それを取り仕切ったのはジョン・ボルトン国務次官だった。

 そのような内幕をジュディス・ミラーは書いている(ウォールストリート・ジャーナル紙、5月17日付)。

 ただ、これはあまりにもネオコン史観に彩られている。

 リビアが「サダム・フセインの逮捕直後」に決断したかのような印象を与える点も気になる。ネオコンたちは、カダフィはイラク戦争で恐れおののき、「戦略的決断」をしたという筋書きにしたいようである。カダフィが米国の軍事力を怖がったことは否定できないにしても、カダフィが核放棄の機会をうかがっていたのはその4年以上前からである。

 ネオコン作「リビア・モデル」劇の第1幕は、リビアは一方的核放棄という無条件降伏をした、イラク戦争がそれに決定的影響を及ぼした、という脚本に基づいている。「ならず者国家」であっても前提なしで核を全面的に放棄するなら、その政権に対して、体制転換はしない、禁輸もしない、国交正常化をする、貿易と投資をする、というハッピーエンドモノだ。

 ネオコン作「リビア・モデル」の第2幕は、これがイランと北朝鮮の核開発の全面放棄をもたらす。国際社会の「リビア・モデル」賛美の全員コーラスで大団円という筋書きである。

 米国はすでに北朝鮮に対しては、2年以上にわたって「リビア・モデル」を喧伝してきた。

 ブッシュ米大統領は2004年はじめ、米国防大学での演説で、「北朝鮮もリビアの前向きの例にならってほしい。彼らがその重要性を理解してくれるよう望む」と述べた。

 6者協議の場でも、北朝鮮に「リビア・モデル」を適用しようと各国に盛んに根回しした。

 日本も「リビア・モデル」を担いだ。2004年5月、小泉純一郎首相は再訪朝の際、金正日総書記にこのモデルの効用を説いたが、金正日は一蹴した。

 その年の夏、北朝鮮外務省スポークスマンは次のような声明を出した。

「リビアに押しつけたモデルをわが国が受け入れると米国が計算しているとすれば、よほどの大馬鹿者だ」

 北朝鮮は、リビアよりもイランよりもはるかに先行して核開発を進めてきた。すでに、核保有国かその一歩手前まできている。リビアはウラン濃縮のための遠心分離器を4千本、入手していたと言われるが、北朝鮮の場合、核兵器1、2個分のプルトニウムを所有している上、2003年はじめから核施設と核燃料棒の再処理を再開、プルトニウム増産態勢に入っている。加えて、ウラン濃縮プログラムも進めている。

 そこに「リビア・モデル」を押しつけるのはほぼ不可能だろう。それは米朝双方の同時・相互譲歩を根幹とする6者協議の解決枠組みを否定するものだ。

 北朝鮮に対する米国の軍事力の脅しはもはや効かない。それは中国と韓国を敵にすることになる。

 イランはどうか。

 イランは、中東の地域大国である。悠久の文明も持っている。リビアとは違う。イラクとアフガニスタンの今後の平和と安定に決定的な影響力を持つ。イランに軍事攻撃すれば、それは中東全面戦争に発展しかねない(そのシナリオは以前、コラムで取り上げた=4月28日号)。

 リビアに対しては、英米の情報機関がリビアの権力中枢(たとえば、カダフィの息子)と取引――「核放棄」と「体制維持」のバーター――したが、そのような芸当はイランに対してはできそうもない。

 だいいち米国は、イランと北朝鮮に対して「戦略的決断」を説くくせに、自らの「戦略的決断」をする用意があるのかどうか、定かではない。

「リビア・モデル」にはどうもoily(うさんくさい)なところがある。

 リビアは、イラク同様、大量破壊兵器国家ではなかった。生物兵器もできず、核開発も中途までしか進んでいない。

 カダフィは何もないものをあるように見せかけ、それをいちばん高く売りつける。米国はそれを転売する。お互いにふりをして取引したところがある。

 リビアと米国の対テロ共闘という位置づけもまやかしがある。

 カダフィは1980年代からイスラム過激派勢力に標的にされ、彼らと戦ってきた。米国とカダフィが共通の敵を持ったことは間違いない。ただ、カダフィはこれまでもさまざまな政敵や復讐者に命を狙われている。カダフィは、彼らもイスラム過激派テロ集団に仕立てる。いわば、米国をボディーガードに雇ったようなものだ。

 結局、oil目当ての取引だったのではないか。そういう疑いが聞かれるゆえんである。米石油資本がリビア禁輸解除を求めて猛烈にロビーを繰り広げていたことは周知の事実だ。

 リビアのテロ支援国家指定解除を発表したデイビッド・ウェルチ国務次官補(中東担当)は「この決定は、リビアが産油国だから行われたのではない。それはわが国の安全保障上の懸念に応えるから行われたのである」と、聞かれもしないのに発言した。

 その点がよほど、気になるものと見える。