船橋洋一の世界ブリーフィング

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No.795 [ 週刊朝日2006年7月21日号 ]

“劇場兵器国家”北朝鮮。ミサイル花火打ち上げ後の四面楚歌

 次々と打ち上げたミサイルは、全部で7発と見られる。

 まるで、ミサイル花火である。スカッド、ノドン、テポドン2(注)と、色とりどりだ。

 この日の打ち上げは、ご丁寧にも、米国の独立記念日(7月4日)に合わせた。

 米国向けのデモンストレーションであることは明らかだ。米国との2国間交渉を呼びかけるためのデモである。

 米国がわれわれを無視し、われわれに対する敵視政策をやめないから、われわれも対抗上、軍事力を強めざるを得ない。ホレッ、これを見よ、この刃先が見えぬか。

 そんな殺生な、それは困ると言うのなら、われわれと直接、話し合うことだ。われわれはいつでもその用意がある。

 まあ、そんな案配だ。

 米国に振り向いてもらえないことほど、北朝鮮の自尊心を傷つけるものはない。

 米国は、北朝鮮に対する金融制裁を続けている。北朝鮮は、それに対する米朝協議を申し入れているが、米国はそれは犯罪・治安にかかわる事柄であって、交渉事ではない、と一切、応じない。

 米国は、イランの核開発に対しては、英仏独、ロシア、中国とともにイランと交渉を行い、コンドリーザ・ライス米国務長官も忙しく飛び回っているのに、北朝鮮に対しては“悪意の無視”の姿勢を決め込んでいる。

 北朝鮮には耐え難いことなのだ。

 北朝鮮は、「6者協議に戻る」ことを交渉カードにしようとしてきたが、米国はそれをカードとしては認めない。そこで、もう一枚、新たなカードがほしい。それが今回のミサイル発射である。

 北朝鮮は2005年2月、「核保有宣言」を行った。中国は王家瑞・中国共産党中央委員会対外連絡部長を平壌に派遣し、6者協議に戻るよう説得工作を行った。下手すると、6者協議が空中分解してしまう、そうなれば中国にとっては痛手である。真剣だった。

 米国も、ブッシュ政権2期目になった直後に、この「核保有宣言」の洗礼を受けたが、ライスとクリス・ヒル国務次官補を中心とする新チームが、柔軟姿勢を示した。そうしたことで、その年の7月から9月にかけての第4回6者協議で合意が生まれた。

 北朝鮮が、これを瀬戸際外交の成果ととらえたとしてもおかしくはない。

 今回、北朝鮮は5月あたりから、ミサイル発射をするぞ、するぞ、とデモンストレーションを始めた。

 6者協議関係国は、最初は気色ばんだが、そのうち「格好だけ」「やりっこない」「やらない」という判断に収斂していった。

 中国と韓国の両政府は、とりわけそういう見方が強かった。米国も国務省などではそういう見方が多かった。国防総省はもう少し警戒的だった。

 それでは困る。相手が大騒ぎしてくれないと、瀬戸際外交にならない。中曽根康弘元首相が形容したように、北朝鮮の瀬戸際外交は、「恫喝による求愛」の性格が強い。

 ブッシュ政権の中には、そうした「求愛」に応えようという勢力もないではない。退任が決まったロバート・ゼーリック国務副長官を中心に、核放棄に絞り込んだ6者協議での取り組みにとどまらず、北朝鮮との包括的な枠組み形成に向けて米朝協議を進めるべきだという意見もこのところ出始めていた。クリス・ヒルも平壌を訪問する機会をうかがってきた。

 しかし、ミサイル発射は、そうした米朝協議派に打撃を与えるだろう。

 彼らが米朝協議を推進しようとしても、これからは「北朝鮮のミサイルの脅しで、北朝鮮との2者協議に応じた、と見られるからダメだ」と反論されてしまう。

 中国は、メンツ丸つぶれである。

 温家宝中国首相は先月28日、北朝鮮に対して「ミサイル発射をやめるよう」、呼びかけた。

 首相がこのような発言を公に行う以上、北朝鮮はミサイル発射はしないという相当確かな情報を中国は得たに違いない、と誰しもが思う。実際、米国務省高官は温家宝発言をそのように分析していた。

 北朝鮮は、温家宝発言を中国の赤裸々な「圧力」とみなし、反発を強めた可能性が強い。それもまた、ミサイル発射決定の重要な要素となったかもしれない。

 中国は辛抱強いから、これで堪忍袋の緒を切ってしまうことはないだろうが、北朝鮮がそれに悪のりし続けることをいつまでも許すわけにはいかない。

 韓国の盧武鉉政権も形無しである。

 盧政権は、南北の和解と協力の平和繁栄政策を追求してきた。北朝鮮の立場が悪くならないように、米朝関係を少しでもよくするように涙ぐましい努力を続けてきた。金大中前大統領の平壌行き列車の旅も裏でお膳立てしてきた。

 そういう政策は野党ハンナラ党の激しい反発を買い、世論も批判を強めつつあった。

 それだけに、今回のミサイル発射は痛い。すでに、金大中訪朝計画は延期された。おそらく、それが実現することはないだろう。

 日本はどうか。

 ミサイル発射は、日朝正常化を政権の最優先外交課題に据えてきた小泉純一郎首相の立場を危うくした。

 2002年9月の訪朝の際、署名した日朝平壌宣言で北朝鮮は「ミサイル発射のモラトリアム(凍結)を2003年以降もさらに延長していく意向」を表明している。

 北朝鮮は米国との間で、ミサイル発射のモラトリアムを2003年までの3年間とすることを約束していた。平壌宣言はそれをさらに延長していくとの北朝鮮の「意向」を明記した。

 今回のミサイル発射は、日朝平壌宣言に違反する可能性が強い。

 拉致、核、そして、ミサイル……これによって、小泉政権が追求した日朝正常化のシナリオは、完全に脱線してしまう危険がある。

 こう見てくると、小泉首相が言うように「北朝鮮にはプラスにならない」ことばかりなのである。

 北朝鮮中枢の異変説が出るゆえんである。

 金正日の支配力にかげりが生じているのではないか。

 軍が、独自のアジェンダと発言力を持ち始めたのではないか。

 米国の金融制裁が予想以上に体制中枢にはこたえた。それをやめさせるための瀬戸際外交なのか。

 1月の金正日訪中後、改革・開放のピッチに危機感を覚えた保守派が、巻き返しをねらった瀬戸際外交なのか。

 ミサイル発射には、そうした内政が深く絡んでいるだろう。

 確実なこともいくつか見えてきた。

■北朝鮮の核・ミサイルは、政治的演出効果を最大限に発揮するための“劇場兵器”である。

■この国は、それを唯一の外交カードとする“劇場兵器国家”である。

■そして、北朝鮮がその無粋な芸を力んで演じれば演じるほど、四面楚歌となる。


注 スカッドは旧ソ連製の短距離ミサイルで射程300~500キロ。ノドンとテポドンは北朝鮮が開発した中長距離ミサイルで、ノドンは日本本土を、テポドン2は、米国本土の一部をそれぞれ射程に収める。